峠でひとやすみ

イラストと写真と雑記

013 二上山から當麻へ、どすこーい!

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11月4日、奈良県側のルートで二上山(にじょうざん)へ登ってきました。

二上山奈良県の葛城市から香芝市までと大阪府の太子町の間にある山で、北の穴虫峠と南の竹内峠が大和と河内をつないでいます。

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近鉄二上神社口駅から、まずは雄岳をめざします。

 

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ひさしぶりの山歩きなのでちょっと不安。

 

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しばらく登るとフトモモが痛くなってきました。あっという間に汗だくです。タオルで拭いても前髪は額にはりつき、こんなんで人と会いたくないなと思っていましたが、そのうち人目なんかどうでもよくなってきました。

人目を気にしているときというのは、たぶん自分で自分をジャッジしている状態で、それがただ足を動かすだけでイッパイイッパイになってきて、ジャッジする余裕もなくなって、なんだかわきあがる解放感~。

 

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すれ違う人に「しんどいね~」と励まされ(?)ながら、やっと雄岳の頂上のあたりへ。このへんに大津皇子のお墓があるはずなんですが・・・

そのうち案内板があるだろうと思いつつ歩いていたら馬の背への道に出てしまいました。案内板は無いのかな(?_?)

引き返すと道に迷ってしまいそうなので、今回はそのまま進むことにしました。また今度、よく調べて出直します。

 

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馬の背を過ぎ、雌岳への登りの途中から見た大阪府側。どこらへんかな?

 

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雌岳山頂から。南に連なる山々。

 

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奈良県側。畝傍山を眺めつつ、オヤツを食べてひとやすみ。

 

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馬の背まで戻って、祐泉寺(ゆうせんじ)方面へ下ります。はじめは急斜面で、ちょっと怖かった。

 

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こうなるまでに、どれくらいの年月が流れたのでしょう。

 

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祐泉寺近く。

 

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鳥谷口古墳(とりたにぐちこふん)が見えてきました。

 

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7世紀後半(古墳時代終末期)の1辺が約7.6メートルの方墳です。墓室は横口式石槨で、二上山の凝灰岩が使われているそうです。

 

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傍らから。雄岳山頂ではなくこちらこそが大津皇子のお墓とみる説もあるそうです。

 

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すぐ近くの池。カモがたくさんいました。

 

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池にカモ・・・まるで「磐余(いわれ)の池」のようです。

www.city.katsuragi.nara.jp

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中央より左の木の無いところに鳥谷口古墳があります。とても美しくて、ほんとうにここが大津皇子のお墓ならいいのに、と思いました。

 

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當麻寺(たいまでら)では「第9回ゆめフェスタin葛城」というイベントが開催されていて人でいっぱいでした。出店もたくさんあります。

お参りをしてから、まずは大和茶アイスクリームでクールダウン。続いてからあげと、もつ鍋屋のちゃんこをいただきました。

参道にも出店が並んでいました。

 

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にぎわう中で當麻蹶速(たいまのけはや)塚を発見。

www.sankei.com

塚の近くには相撲館があります。入ってすぐのところは無料の観光休憩所で、その奥が有料の「けはや座」というお相撲の資料館になっています。

 

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写真は無料のところにあった展示です。奈良や太子町の観光パンフレットがたくさん置いてありました。

「けはや座」から調子のよい歌声が聞こえてきたので、お金を払って入ってみました。

歌は相撲甚句(すもうじんく)といって、巡業などで力士が歌う七五調の俗謡だそうです。この日は午後2時から「けはや相撲甚句会」の公開練習が行われていたのでした。

「どすこーい、どすこい!」という合いの手がいい感じです。

陣太鼓も披露されました。もともと祭太鼓好きなのですが、お相撲の陣太鼓もいいですね!

012-2 応神天皇陵と誉田八幡宮の秋季大祭(2)

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誉田八幡宮に到着しました。(1)の最初の写真が午後1時41分、この写真が午後2時33分の撮影なので、およそ50分で応神天皇陵を1周したことになります。

境内には出店が並び、お祭の日、という感じですが、人もまばらで、まだ静かです。

 

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馬の像がありました。

 

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となりの由緒書き。

植木で途中までしか見えませんが、「『日本書紀雄略天皇の条に記された赤」とあるので、田辺史伯孫(たなべのふひとはくそん)が、娘の嫁ぎ先に行った帰り、赤馬に乗った人に会い(以下略)・・・という「赤馬伝説」のことだと思います。

田辺伯孫 - Wikipedia

2行目の「おうまやの跡」と「馬形埴輪庁」については知らないのですが、応神天皇陵の馬形埴輪については、柏原市立歴史資料館の展示図録「赤馬伝説」によると、全容がわかるものはまだ出土していないそうです。

続いて誉田丸山古墳から出土した金銅透彫鞍金具(こんどうすかしぼりくらかなぐ)、源頼朝が寄進したと伝えられる蔦松皮菱螺鈿鞍(つたまつかわびしらでんくら)といった馬に関係することが紹介され、「この神馬は篤志家により寄」進されたと結んでいます。

 

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拝殿です。

拝殿中央でお参り。右の部屋では神楽奉納が行われていて、巫女さんが剣を手に舞っていました。美しい・・・。

奥の本殿の前では、神輿(みこし)の飾りつけをしていました。

夜8時からは渡御(とぎょ)があります。この神事のときだけ立入禁止の御陵内に入ることができ、そこで御旅所(おたびしょ)祭が行われます。行ってみたいけど・・・人、いっぱいだろうなぁ。

時間を見ると、午後3時ちょっと前です。そろそろ帰らなくては。

 

お宮を出て、トボトボと歩いていたらだんじりに会ったので、もうちょっと見ていくことにしました。

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大工方(屋根の上に乗り、方向の指示などをする人)のハッピ、「馬」の字が裏返しになっています。これは「左馬」といって縁起が良いのだそうです。

馬文化ひだか:馬を学ぶ:馬の雑学:幸福を呼ぶ「左馬」 | 日高振興局地域創生部地域政策課

見た感じ、右を向いているように見えるのに「左馬」。ヤヤコシイ。

 

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空模様があやしくなってきました。なんとかもちこたえてくれるといいのですが。

 

あとをついていったら、お宮まで戻ってしまいました。今度こそ本当に、帰ります。

 

そして、小雨の降る中、帰るには帰ったのですが・・・

 

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家族を誘って、夜にも来てしまいました!

雨もあがっていて、昼間とは全然違う賑わいようです。

ちょうど、だんじりがお宮から曳行に出るところでした。

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拝殿の前をウロウロしてから、渡御の行列に並びました。既に長い列になっていたのですが、私たちが並ぶとすぐに後ろにも列ができました。

ひたすら、8時まで待ちます。

 

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神輿が出てきて、御陵への入口(放生橋(ほうじょうばし)の手前)のあるほうへ向かいます。

でもまだ入口までは行かず、いったん止まり、神輿の下を行列の先頭の人からくぐります。くぐったら御陵のほうへ向かってすすみ、(段取りを知らないので前の人に倣って)また行列をつくって神輿を待ち、移動してきた神輿の下をもう一度くぐります。

そしていよいよ、いつもは締め切られている御陵へ。放生橋ではなく隣にある平たい橋を渡ります。狭い水路をひとつ越えただけなので、入ったのは内堤の上(かその手前)までだと思います。

誉田八幡宮の放生橋 文化遺産オンライン

御陵に入ると、強い土の匂いがしました。木に囲まれているので森の中にいるみたいです。野生動物(タヌキとか)が出てきそう。

御旅所祭のようすはほぼ見えませんでしたが、そのぶん音に集中できました。

終わりのほうで(たぶん巫女さんが)鈴をふってお祓いしてくださいました。

鈴の音が闇の中に響き渡り、木々の間にすいこまれていくとき、澄みきった風がすーっと流れていくようでした。

012-1 応神天皇陵と誉田八幡宮の秋季大祭(1)

9月15日、大阪府羽曳野市にある誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)の秋季大祭があると知り、前々からやってみたかった応神天皇陵1周をしてから、お祭を見に行くことにしました。

応神天皇陵の被葬者は確定していませんので、「誉田御廟山古墳」と書くべきかもしれませんが、応神天皇への信仰のもとに神社やお祭があると思うので、この記事では「応神天皇陵」と書きます。

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1周するコースは、誉田八幡宮をゴールとしたいので、お宮の西側の道から時計まわりに歩くことにしました。

天気は曇り。時折、ぱらぱらと雨も降ります。

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応神天皇陵です。っていうか応神天皇陵の内堤に生えてる木・・・。住宅の並びを過ぎたところで撮りました。

 

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蝶々がいました。

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手ブレせずに撮れた!

 

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ずーっと、内堤です。墳丘が見えないように垂らされた御簾(みす)みたいです。

内堤の手前は外濠です。

烏がカァカァと鳴きながら飛んでいきました。古墳に巣があるのかも。

 

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黄色い円の中の、木のむこうに見えるのが墳丘ではないかと思うのですが・・・違う?

 

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外濠に植えられたコスモス。

 

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内堤の角。解説パネルの他に絵画と古写真のパネルもありました。「河内名所図会」によると後円部のてっぺんに建物があり、そこまで階段が続いていました。江戸時代には登れていたのですね。

いったん広い自動車道に沿って歩いたら、右折して、川沿いの、きれいに塗装された道を進むと、

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御陵の関連施設と思われるところへ着きました。

 

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拝所の入り口。生け垣との境界がよくわかりませんが、正面に見えるのが誉田丸山古墳なのだと思います。

 

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大きさに圧倒されてポカーン状態。

 

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斜めから撮影してみましたが、もう、どう撮ればスケール感が伝わるのかわかりません。私には無理。

 

入口へ戻ると、道路の向こうに、墳丘?

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前方後円墳の大鳥塚古墳でした。道路を挟んだこちら側は藤井寺市です。

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墳丘長は110メートル。巨大古墳を見たあとのせいか、親しみを感じます。

 

高架のところで右折して、応神天皇陵(の木)を見失わないように、住宅地を南下していきます。

途中にテニスコートがあり、その管理棟にも解説パネルがありました。パネルにはレーザ測量図と模式図がありました。

ここからも墳丘(の木)が見えるそうですが、もう探しません。

“木”疲れしたわ。(; ̄ ・ ̄)=3 フゥ...

 

さらに南下します。

誉田八幡宮が近くなると祭囃子が聞こえ、だんじり地車・楽車)が見えました。

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(2)へ続きます。

010 天理参考館の武人埴輪

前回のイラストの武人さんは、衝角付冑と挂甲を描くのにイッパイイッパイで、刀などの武器を持たせるのを忘れてました・・・まるごし武人やん!

と気付いたところで武器についてはあまり調べてないので描けませぬ。

そこで、奈良県天理市にある天理参考館で撮った武人埴輪の写真でお茶を濁すことにします。

まずは正面。

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武器まわりだけトリミングしました。弓、胡籙(ころく)に入れた矢、刀を装備。

 

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横から。手ブレがひどくてすみません。
弓は正面からだと「何やコレ?」って感じでしたが、横からだとハッキリわかります。
頬当(錣(しころ)かも?)がワッフルっぽい。

 

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反対側の横から。隣(写真では手前)にいるのは盛装男子埴輪です。盛ってるだけにインパクトがありますが、今日の主役は武人さん。

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胡籙(ころく)だけトリミングして明るめに調整してみました。

細かい造形に感動です。

群馬県出土の古墳時代後期の埴輪だそうです。

武人埴輪 | 参考館セレクション

009 とある夏の日の武人さんと馬(古墳時代)

和歌山市立博物館に行く機会がありました。

常設展示室に入ってすぐ、大谷古墳出土の馬冑が展示されていました。そして、その向こうに見えたのは、実物大の飾り馬の模型!

和歌山市立博物館

尻懸は雲珠と鈴のついた剣菱形杏葉で飾り、胸懸には馬鈴をつけています。轡の鏡板はf字形でこれにも鈴がついていました。にぎやかそうですね。

シッポは垂れ下がったままの状態で、先をたたむように丸め(てると思うけどよくわからない)紐をまきつけていました。

見た目は、それほど派手ではない感じでしたが、飾りや金具がもっとキラキラしていたら、また違った印象なのかも。

そんな飾り馬もよかったんですが、やはり大谷古墳といえば馬冑なので、馬冑をつけた馬を描いてみました。

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大谷古墳からは馬冑だけでなく馬甲もみつかっています。

馬甲は首と胴体を守るものですが、いかにも暑苦しそうだし、絵にできるほどの情報を持っていないのでイラストには描いていません。そもそも暑い夏の設定で描かなければいいんですが、今、自分が暑いので、暑そうな人が描きたかったのです。

人物の装備については、衝角付冑は展示されていましたが(1部分のみの出土)、挂甲はどんなものだったかわからなかったので、近つ飛鳥博物館の復原模型(藤井寺市長持山古墳出土)を参考に描きました。

挂甲 - Wikipedia

 

 

008 水鳥を見守る陵、岡ミサンザイ古墳

6月3日、大阪府藤井寺市にある岡ミサンザイ古墳の周辺を歩いてきました。

岡ミサンザイ古墳は古市古墳群に含まれる、大型の前方後円墳です。出土した埴輪の特徴から、5世紀末~6世紀初めの古墳と考えられています。宮内庁により仲哀天皇(第14代)の陵に治定されていますが、雄略天皇(第21代)の陵ではないかと考える研究者も多いそうです。

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上のイラストの水色の矢印が歩いたルートです。番号は以下の写真の撮影場所です。

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②白い水鳥を発見!サギかな?

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③食べ物を探しているようです。翼をひろげたりもしていたのですが、撮り損ねました。

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④上の2枚では古墳にいたのかどうかわからないので、古墳だとわかるように撮ってみたら今度は鳥がよくわからない(・_・;)

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古墳に水鳥、といえば古市古墳群では津堂城山古墳から出土した水鳥形埴輪が知られています。その埴輪ではサギ科ではなくガンカモ科の水鳥がモデルのようです。

水鳥形埴輪のモデル探し1(No.113)/藤井寺市

 

⑤拝所です。

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古墳を撮るなら明け方か夕暮れ時に幻想的な感じで、と思っていましたが、緑におおわれた古墳に青い空というのも、変わるものと変わらないものを見せてくれるようでいいなと思いました。

006 九度山真田まつり・真田武将隊の幸村公

5月5日、紀州九度山真田まつり(2日目)に行ってきました。
その時に撮った、紀州九度山真田武将隊の写真を見ながらスケッチしました。
背景(?)はPhotoshopの雲模様です。

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